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母から見た娘
「歌姫の仲間入り」 |
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英国の学校はいろんなところでオーディションがある。学年内でミュージカルを行ったときもオーディションで配役を決めてゆく。聖歌隊のメンバーになるにもオーディションがある。約170名の同じ学年の中から、もしくは学年を超えてのオーディションともなると数百名の中からオーディションによって選ばれることになる。まず、オーディションに参加するか、しないかのところからはじまり、オーディションの当日に向けて個人での練習が始まる。オーディション当日は緊張と真剣さとの勝負。このときに普段の練習成果を出せなかった生徒はオーディション終了と共にボロボロの涙を流す。そして、結果が発表される。オーディションが行われるごとに緊迫した空気が充満するにも関わらず、この結果に対して問題が起こったり、お友達同士の仲が悪くなったりなどが無いのがまた素晴らしい。このような状況下の中選ばれた者たちは、選ばれた責任と誇りから自分達に与えられた厳しいレッスンを乗り越えることができる。子供達の心に自覚が無くとも、選ばれなかったお友達の分まで頑張るという要素と責任の自覚が備わるらしい。娘やその周りのお友達の様子からその雰囲気を感じることが出来る。逆説的な言い方をするなら、選ばれた者は責任と労働を強いられることにもなる。喜んでなどいられない、重大な課題を背負い自分との戦いが始まる。その作業を楽しみや喜びに変換させて進んで行くことが出来るかどうかは自分次第。このような精神状態にまで昇華できるのは生徒数の多い学校のよいところと言える。
今回、娘はチェンバークワイヤーのオーディションに参加するか?どうしようかと大分悩んでいた。娘の在籍する学校には聖歌隊の種類が3つある。コーラルはオーディションをしなくても誰でも入れる聖歌隊であり、週に一度近くの学校と合同で練習を行う地域の聖歌隊。クワイヤーは学校の聖歌隊であり、学校行事になくてはならない役目を果たす。そしてこのクワイヤーには緊迫感漂うオーディションがある。メンバーになれなかった生徒はウエイティングリストにオーディションの成績順に載せられ、入隊できる日を待つ。そして、もうひとつ、学校の歌姫とも呼ばれるチェンバークワイヤー。これはシックスフォームからメンバーが選ばれ、全員で12名。この12名に空きがあればメンバーに入れる。このチェンバークワイヤーだけは生徒が主軸として運営され、先生の関与がない。ピアノ演奏から曲選び、即行の編曲までこなす。そういうことが出来るメンバーが選ばれている。勿論、オーディションの審査も生徒が行う。今年のチェンバークワイヤーのトップはヘッドオブスクールであり、彼女の歌声はCDから流れてきているのか?生の声なのか?分からなくなってきてしまうほどに素晴らしいプロ級だ。この学校に入学してから娘にとっては憧れの、自分とは遥か遠いところにあるカッコいい存在であったチェンバークワイヤー。歌が上手なのは当たり前で、カッコ良くなくちゃこのメンバーにはなれないと信じていた。だから、自分がシックスフォームになり、このオーディションに参加することを躊躇していたようです。無理なのを承知で参加することになるからであり、参加したからにはがっかりなどしたくないという、自分を守るための迷いであったと母は感じました。娘がチェンバークワイヤーに入ったらパロディークワイヤーになちゃうよ、カッコいいじゃなくて、お笑いクワイヤーになること間違いなしだ。母もそう思う。ただ、娘から見てもそれだけ素敵なおねえさんたちだったんなら、そのオーディションに参加できることを自分の誇りと思えばいいじゃない。オーディションで歌う自分を最初で最後のチェンバークワイヤーで歌う自分と思い喜びを感じたらと、、、娘の相談に答えたと思う。
その時点で母はその後連日で自分に降り注ぐ困難を予想していなかった。オーディションが終了するその日まで毎夜娘の唄を真剣に聞かされることになるなんて。どんなに眠くても、忙しくても、娘の前に座らされてコメントを出せるように注意深く聞く。これが私に課せられた。眠い時はもーー聞きたくないと思ったし、耳にたこが出来たとも思えた。が、、、しかし、、、だんだんと上手になって行くことも感じられた。メンバーになれないと分かっているのにここまで練習するのか!なんて娘は真面目なんだろう!オーディション参加を勧めたことをちょっと後悔もしてしまった。ミュージックのスカラーシップを持っている生徒、トップグレード8をとうの昔に取得している生徒、音楽を選考科目にしている生徒、その中で、音楽を楽しみとして歌っている娘がメンバーになどなれるはずが無い。娘も母も百も承知していた。
オーディション当日、娘が選んだ曲はこの夏日本で公開になったばかりのジブリ映画の曲であることが他の生徒に分かると、オーディションの順番を待つお部屋で多くのお友達からリクエストがかかった。日本の宣伝になるからと気持ちよくそこで歌ってしまったらしい。ただ、歌のプロとも言える先輩が審査するお部屋では自分の力の半分も出せなかったという。それでも、チェンバークワイヤーのオーディションに参加したことを大変満足に思い、気分上場の娘であった。
そして、本日娘から電話が入った。「ママ信じられないことがあるんだよ。すーごくいいことだよ。何だと思う?」
母は次々と良いことであろうと思うことを並べた「リマークでテストの点数が上がった!」「どこかでお金を拾った!」「どこかで会った男の子からMailがきた!」「お友達に洋服をもらった!」「授業中に褒められた!」「本日のお昼に大好きなものがでた!」最後の最後まで回答が出されることはなかった。娘の学年から4人がチェンバークワイヤーのメンバーに選ばれ、その中の一人に娘が入っているという。娘も母もこればかりは予想していなかった。娘から「ママ、オーディションに参加したらって、私を押してくれてありがとう!」と言われた。このチェンバークワイヤーメンバーに選んでいただいたのは特別に嬉しい。なぜならば選ぶ人が先生ではなく生徒であるから。娘としては自分よりも力ある人たちが選ばれず、自分がメンバーになったことを気にしている。お友達の心に対してどうしたらよいのかを考えている。娘の周りのお友達関係は本当に素晴らしいと感じる。娘がそう思うのはその他の場でお友達から常に思いやりをいただいての接し方であり、だから娘も同じように考えることができる。
チェンバークワイヤーのメンバーはコーラルとクワイヤーに参加することが義務付けられ、クワイヤーのメンバーはコーラルに参加することが義務付けられる。結局のところ歌う場が3箇所となり忙しくなるけれど、アカデミックのお勉強では感じることの出来ない素敵な時間を過ごせるだろうと思っている。
娘がチェンバークワイヤーのメンバーに入っているなんて、母は怖くて学校のコンサートに出かけられない!
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