Sherborne Abbey
シャーボーン アビィー・・・下記写真の説明ボードには以下の内容が書かれています。
このアビィー(修道院)の顕著な特色は、イギリス独特の美しいアーチ形天井です。聖歌隊席側のアーチ形天井は、この種類の天井としては初期のものです。そして全てのデザインは統一されています。本堂および北トランセプト(左右に突き出た部分)の天井は後期のものでやや念入りにまた少し強調されて作られています。本堂のBOSSES'(丸い彫刻で天井の骨組みの接合部分を覆っておるもの)は更に研究する価値があります。大天井と'BOSSES'のカラーガイドはデスクで販売されています。
658年にサクソン人がイングランド南西部を侵略するまで、シャーボーンはケトル族協会の宗教的中心地であったと言われています。その頃から現在の教会の位置と同じかまたはすぐ近くに続々とこれらの教会が建てられるという歴史的に見て興味深い事実があります。1300年にわたる歴史においてこの教会は'CATHEDRAL'であり、修道士が寄宿する'ABBEY CHURCH'でもあり、また、'PARISH CHURCH'でもありました。
現在の教会(建物)は、垂直様式のイギリス独特の後期ゴシック式スタイルの最も美しい例として見倣されています。
1437年に修道士と一般市民との間に小さな争いごとがおこり、その結果、暴動がおこり、聖歌隊席と塔の内部を焼くという悲惨な火事となりました。その時焼けた石は、今でもアビィの東端で見られます。
1539年にヘンリー八世が自ら英国教会の長としたとき、彼は全ての修道院の財産を収用しました。このアビィはその時、町民が£327を支払い彼らの'PARISH CHURGH'として使用すると言うことで破壊は免れました。その前に使われていた古い'PARISH CHURCH'はその時破壊され、その残骸は今でも見られます。本堂西の壁には、復興を表す絵があります。
ここには、この教会とこの歴史に関してのガイドがお土産用にあります。同じく便利な散歩ガイドリーフレットやポストカードや他の印刷物があります。
1850年代、アビィーは大規模な復興作業が行われました。そして、1977年までにより多くの修復作業を実施することが必要となり、全国的な運動により約£750,000が集められ、鉛の屋根や朽ちかけた煉瓦を新しくするために使われました。しかし、さらなる修復工事がまだ必要であり、またこの素晴らしい中世の傑作を維持するため、訪問者の方々の寛大なるご協力を必要としています。